考察
先日、イギリスにおける市民革命は、人権の発生となる出来事と話ましたが、しかしその内容は現在の我々が知っているような人権の内容とは違っていることに注意する必要があります。
まず、1215年のマグナカルタについては、王に対する諸侯が身分の特権を守るため作成したものであり、庶民のために出されたものではありません。
また、1628年の権利請願についても、ヨーマンと呼ばれた、比較的豊かな農民や、商工業者によりなされたものであり、庶民のためになされたものでありません。
さらに、1689年の権利章典についても、議会の抗争によりなされたものです。つまり、この頃の政治家である貴族やお金を持つ資産家により、自己の権利財産を王権から守るために権利章典は作られたのであり、やはり庶民のために作られたものではありません。
すなわち、このころのイギリスの人権というものは、本当に特定された人々、つまりグレートブリテンとかイギリス本国に住む、しかも貴族達の特権を守るという意味での人権です。ですから、よくイギリスが「人権の母国である」と言われることがありますが、これはあくまで人権というものの考え方の、「きっかけ」が始まったというぐらいにとらえておくほうが、良いかもしれません。
我々の知る本当の意味での人権の内容が登場するのは、18世紀末のアメリカで登場します。しかもこれはイギリスからの独立という形で登場します。
ですから、今度はアメリカの市民革命について見ていきたいと思います。
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